立候補手続では、立候補届出書以外にも大量の書類を用意する必要があります。選挙の種類や自治体によって必要な書類は異なりますが、特に衆議院議員総選挙では小選挙区と比例代表に重複して立候補することが可能なため、他の選挙と比べても必要書類が多く、書式の選択方法も複雑になります。
そのため、選挙管理委員会では告示日の前に立候補予定者説明会を開催し、資料や提出書類の配布、記載方法や添付する書類、選挙運動の注意点などを説明する場を設けています。
また各種書類の提出と合わせて「供託」の手続が必要になります。公職選挙法第92条第1項には「公職の候補者となろうとする者は、その届出の際、当該選挙に関し、供託所に供託しなければならない」と定められており、この手続は立候補の絶対要件となっています。市議会議員や区議会議員の選挙では立候補手続が日曜日に行われることが多いのですが、法務局(供託所)は行政機関の休日に関する法律により土曜日・日曜日・祝日が閉庁日となっているため、日曜日当日には供託手続ができません。そのため、必ず前週の金曜日の執務時間内(通常17時まで)に手続を完了させる必要があり、特に注意が必要です。金曜日に供託を失念すると立候補そのものができなくなってしまいます。
書類に不備があれば立候補できなくなる恐れがありますので、確実に用意をしていきましょう。
立候補届出の方式
公職選挙法は、選挙の種類に応じて複数の届出方式を定めています。
本人届出
立候補する本人が立候補を届け出る手続です。公職選挙法第86条第1項に規定されており、衆議院及び参議院の比例代表選出議員選挙以外の選挙で行うことができます。
地方選挙の場合、後述する推薦届出よりも手続が簡単なため、実務上ほとんどが本人届出です。たとえば、2023年の統一地方選挙では、全国の地方議会議員選挙のうち98%以上が本人届出方式でした。
本人届出の場合、届出者は立候補者本人ですが、代理人による書類の提出も認められています。ただし、その場合でも委任状の提出が必要となります。
推薦届出
選挙人名簿に登録されている人が、候補者となる本人の承諾を得て、立候補届出をする手続です。公職選挙法第86条第2項に規定されており、衆議院及び参議院の比例代表選出議員選挙以外の選挙において行うことができます。
推薦届出は本人届出に比べて要件が厳しく、公職選挙法施行令第89条により、選挙の種類に応じて一定数以上の推薦人が必要です。たとえば、都道府県知事選挙では30人以上、指定都市の長の選挙では10人以上の推薦人の署名・押印が必要となります。
政党その他の政治団体による届出
公職選挙法第86条の2に規定されており、一定の要件を満たす政党や政治団体が候補者を届け出る方法です。この方式は、衆議院小選挙区選出議員選挙および参議院選挙区選出議員選挙において認められています。
政党届出の要件は公職選挙法第86条の2第1項で厳格に定められており、「所属国会議員が5人以上いる政党その他の政治団体」または「直近の国政選挙で全国を通じて得票率2%以上を獲得した政党その他の政治団体」に限定されています。2021年の衆議院議員総選挙では、自民党、立憲民主党、公明党、日本維新の会、共産党、国民民主党、れいわ新選組、社民党、NHK党の9政党がこの要件を満たし、政党届出により候補者を擁立しました。
名簿届出政党等による名簿届出
公職選挙法第86条の3に規定されており、衆議院比例代表選出議員選挙および参議院比例代表選出議員選挙において、名簿届出政党等が候補者名簿を届け出る方法です。
比例代表選挙では、個人が直接立候補するのではなく、政党等が候補者名簿(衆議院は拘束名簿式、参議院は非拘束名簿式)を提出する形式となります。名簿届出政党等の要件は、政党その他の政治団体による届出と同様、所属国会議員数または得票率により判断されます。
本サイトでは、地方選挙で最も一般的で実務上重要性の高い本人届出について詳しく解説します。
立候補予定者説明会
立候補の届出は、事前の打ち合わせを行わず、告示日(公示日)当日にいきなり提出することも法律上は可能です。
しかし、立候補届出書類や手続はとても煩雑であり、わずかな問題点でも書類の受付ができないことがあります。実際に、過去には提出書類の記載ミスや必要書類の不足により届出が受け付けられず、立候補を断念せざるを得なかった事例も複数報告されています。
そのため、立候補予定者向けの説明会が事前に当該の選挙管理委員会によって開催されます。この説明会の法的根拠は特にありませんが、各選挙管理委員会が公職選挙法の円滑な運用のため、行政サービスの一環として実施しているものです。
説明会では、届出用紙や記載例、選挙運動のルールを解説したマニュアルなどが配布されます。この説明会への出席者数によって、当該選挙への立候補者数がある程度推定できます。たとえば、定数10名の市議会議員選挙で説明会出席者が15名であれば、定数を5名上回る激戦になることが予想されます。
説明会の参加者情報は報道機関にも共有されるため、説明会に出席することで選挙への出馬意思が外部に知られることとなります。出馬表明のタイミングを自身でコントロールしたい場合や、党内調整が完了していない段階で外部に知られたくない場合には、出席したことを報道機関には共有しないよう選挙管理委員会へ事前に依頼しておく必要があります。多くの選挙管理委員会では、こうした要望に配慮する運用を行っています。
このように、立候補説明会に出席することにより報道機関からは「候補予定者」として認識されることとなり、各社から政策に関する質問票や取材依頼が届くことになります。
事前審査
事前説明会が開催された後、届出受付日までの間に、立候補手続の事前審査(予備審査)も行われます。この事前審査は法定の制度ではありませんが、実務上極めて重要な役割を果たしています。
届出書類の数は膨大なため、その審査受付には相当な時間を要します。たとえば、1件の届出審査に平均30分から1時間程度かかるとされています。
仮に届出日当日に候補者全員に対して審査をゼロから行うと、候補者が20名いる選挙では、審査だけで10時間以上かかる計算になります。告示日の届出受付時間は通常8時30分から17時までの8時間半程度しかないため、物理的に全員の審査を完了することが困難になってしまいます。
立候補者が多い選挙では混乱し、受付がスムーズに進まず、候補者もすぐに選挙運動を始めることができなくなってしまいます。公職選挙法第129条では告示日から選挙運動が可能となると定められているため、届出受理が遅れることは候補者にとって大きな不利益となります。
そこで、各立候補予定者が予約制で選挙管理委員会に出向き、事前に書類の審査を受けます。多くの自治体では、告示日の1週間から2週間前に事前審査の期間を設定しており、候補予定者は希望する日時を予約して個別に審査を受けることができます。この時には、手続について個別の事前相談も可能であり、記載方法や必要書類について詳細な指導を受けることができます。
事前審査で書類の不備が見つかった場合、告示日までに修正する時間的余裕があるため、実務上は事前審査を受けることが立候補手続の成功に不可欠と言えます。
供託手続
供託制度の趣旨
供託制度は、公職選挙法第92条に規定されています。この制度の趣旨は、当選の見込みがないのに売名のため無責任に立候補したり、候補者の乱立を防いだりすることにあります。
立候補届出の際には、必ず供託を済ませていなければなりません。公職選挙法第92条第1項は「公職の候補者となろうとする者は、その届出の際、当該選挙に関し、供託所に供託しなければならない」と定めており、供託証明書の提出がない場合、届出は却下されます。
供託は法務局や地方法務局で取り扱います。具体的には、立候補予定者が法務局の窓口で現金または国債を供託し、供託証明書の交付を受けます。この供託証明書を立候補届出時に選挙管理委員会へ提出することで、供託義務を果たしたことが証明されます。
供託手続の期日管理
供託手続における期日管理は、立候補手続全体の中で最も注意を要する事項の一つです。
法務局(供託所)は、行政機関の休日に関する法律第1条により、日曜日、土曜日、国民の祝日、年末年始(12月29日から翌年1月3日まで)が閉庁日と定められています。
そのため、日曜日に告示日を迎える市区町村議会議員選挙や、土曜日に告示日となる選挙では、供託手続を事前に完了させておく必要があります。
具体的には、日曜告示の選挙の場合、遅くとも前週の金曜日17時(執務終了時刻)までに供託手続を完了し、供託証明書の交付を受けなければなりません。この期限を過ぎると、物理的に供託ができなくなり、立候補そのものが不可能になります。
過去には、この期日管理を誤り、金曜日に供託手続を失念したため立候補を断念せざるを得なかった事例も報告されています。行政書士として選挙コンサルティングを行う場合、この供託期日の管理とクライアントへの注意喚起は極めて重要な業務となります。
供託物の返還と没収
供託物は、選挙の結果が確定した後、公職選挙法第93条の規定により取り戻すことができます。当選した場合や、一定の得票を得た場合には全額が還付されます。
ただし、得票数が法律で定められた数(供託物没収点)まで達しなかった場合は、公職選挙法第93条第1項により没収となります。没収された供託金は国庫または地方公共団体の収入となります。
具体的な例で見てみましょう。たとえば、有効投票総数が10万票で定数5名の市議会議員選挙(供託額30万円)に立候補した場合、供託物没収点は10万票÷5名×1/10=2,000票となります。得票が2,000票未満であれば、供託金30万円は全額没収されます。
選挙の種類別 供託額と没収規定
国政選挙
衆議院小選挙区(供託額300万円) 公職選挙法第92条第1項第1号により300万円と定められています。供託物没収点は有効投票総数の10分の1未満です(同法第93条第1項第1号)。
たとえば、有効投票数が15万票の選挙区では、15,000票未満の得票で供託金が没収されます。2021年の第49回衆議院議員総選挙では、全国で約400名の候補者が供託金を没収されました。
衆議院比例代表(候補者1人につき600万円) 公職選挙法第92条第1項第2号により、名簿登載者1人につき600万円と定められています。ただし、候補者が小選挙区との重複立候補者の場合は300万円に減額されます(同項ただし書)。
没収額の計算は複雑で、供託額から「300万円×重複立候補者のうち小選挙区の当選者数+600万円×比例代表の当選者数×2」を差し引いた金額が没収されます(同法第93条第1項第2号)。この計算式により、当選者を多く出した政党ほど供託金の返還額が多くなる仕組みです。
参議院選挙区(供託額300万円) 公職選挙法第92条第1項第3号により300万円と定められています。供託物没収点は「有効投票総数÷その選挙区の議員定数×8分の1」未満です(同法第93条第1項第3号)。
たとえば、改選定数2名で有効投票数が80万票の選挙区では、80万票÷2×1/8=5万票未満の得票で供託金が没収されます。参議院選挙は定数が少ない選挙区も多いため、没収点が比較的高くなる傾向にあります。
参議院比例代表(候補者1人につき600万円) 公職選挙法第92条第1項第4号により、名簿登載者1人につき600万円と定められています。没収額は「供託額-600万円×比例代表の当選者数×2」で計算されます(同法第93条第1項第4号)。
地方選挙
都道府県議会議員選挙(供託額60万円) 公職選挙法第92条第2項第1号により60万円と定められています。供託物没収点は「有効投票総数÷その選挙区の議員定数×10分の1」未満です(同法第93条第2項第1号)。
たとえば、改選定数4名で有効投票数が4万票の選挙区では、4万票÷4×1/10=1,000票未満の得票で供託金60万円が没収されます。
都道府県知事選挙(供託額300万円) 公職選挙法第92条第2項第2号により300万円と定められています。供託物没収点は有効投票総数の10分の1未満です(同法第93条第2項第2号)。
指定都市の議会議員選挙(供託額50万円) 公職選挙法第92条第2項第3号により50万円と定められています。供託物没収点は「有効投票総数÷その選挙区の議員定数×10分の1」未満です(同法第93条第2項第3号)。
指定都市の長の選挙(供託額240万円) 公職選挙法第92条第2項第4号により240万円と定められています。供託物没収点は有効投票総数の10分の1未満です(同法第93条第2項第4号)。
その他の市の議会議員選挙(供託額30万円) 公職選挙法第92条第2項第5号により30万円と定められています。供託物没収点は「有効投票総数÷その選挙区の議員定数×10分の1」未満です(同法第93条第2項第5号)。
一般的な市議会議員選挙では、この30万円の供託が最も多く行われています。
その他の市の長の選挙(供託額100万円) 公職選挙法第92条第2項第6号により100万円と定められています。供託物没収点は有効投票総数の10分の1未満です(同法第93条第2項第6号)。
町村長選挙(供託額50万円) 公職選挙法第92条第2項第7号により50万円と定められています。供託物没収点は有効投票総数の10分の1未満です(同法第93条第2項第7号)。
なお、町村議会議員選挙については供託制度がありません。公職選挙法第92条において町村議会議員選挙が除外されているためです。これは、小規模自治体における立候補のハードルを下げ、民主主義の基盤を維持する趣旨によるものです。
| 選挙の種類 | 供託額 | 供託物没収点・その没収額 (記載のないものは全額) |
|---|---|---|
| 衆議院小選挙区 | 300万円 | 有効投票数×10分の1未満 |
| 衆議院比例代表 | 候補者1人につき600万円※ | 没収額=供託額-(300万円×重複立候補者のうち小選挙区の当選者数+600万円×比例代表の当選者数×2) |
| 参議院選挙区 | 300万円 | 有効投票数/その選挙区の議員定数×8分の1未満 |
| 参議院比例代表 | 候補者1人につき600万円 | 没収額=供託額-600万円×比例代表の当選者数×2 |
| 都道府県議会 | 60万円 | 有効投票数/その選挙区の議員定数×10分の1未満 |
| 都道府県知事 | 300万円 | 有効投票数×10分の1未満 |
| 指定都市の議会 | 50万円 | 有効投票数/その選挙区の議員定数×10分の1未満 |
| 指定都市の長 | 240万円 | 有効投票数×10分の1未満 |
| その他の市の議会 | 30万円 | 有効投票数/その選挙区の議員定数×10分の1未満 |
| その他の市の長 | 100万円 | 有効投票数×10分の1未満 |
| 町村長 | 50万円 | 有効投票数×10分の1未満 |
立候補届出の必須書類
地方議員選挙における本人届出を例に、添付書類とその注意点を解説します。添付書類は以下のとおりです。
- 供託書原本
- 宣誓書
- 所属党派証明書(公認候補の場合)
- 戸籍の全部事項証明書又は個人事項証明書(旧名称:戸籍謄本・抄本)
- 通称認定申請書(通称を使用する場合)
- 住民票の写し(任意、住所確認のため本人分のみで可)
立候補届出に必要な書類作成の注意点はこちらを御確認ください。
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